八佾第三 042

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原文                 作成日 2003年(平成15年)7月から 10月
三家者以雍徹。子曰、相維辟公、天子穆穆。奚取於三家之堂。
 
〔 読み下し 〕
三家者(さんかしゃ)(よう)(もっ)(てっ)す。()(のたま)わく、(たす)くるは()(へき)(こう)天子(てんし)穆穆(ぼくぼく)たりと。(なん)三家(さんか)(どう)()らん。
   
〔 通釈 〕
御三家が、自家の祭礼で天子の音楽である雍を歌わせてしめくくった。これに対して孔子は、「雍の詩に、祭を助けるのは天下の諸侯、天子は奥床しく控えておられる。とあるが、雍は天子の祭だけに歌われるものである筈なのに、御三家は一体何様のつもりになっているのだろうか!?」と云った。
 
〔 解説 〕

孔子は三桓(御三家)の横暴を心底苦々しく思っていたようで、大司冦(法務大臣)になった際に、御三家の取り潰しを図りますが、失敗しております。
 

〔 子供論語  意訳 〕
家老(かろう)御三家(ごさんけ)が、ご(せん)()(さま)法事(ほうじ)(さい)に、王様(おうさま)(うた)である(よう)という音楽(おんがく)でしめくくった。これに(たい)して孔子(こうし)(さま)は、「(よう)音楽(おんがく)王様(おうさま)だけに(ゆる)されるものなのに、どこまでうぬぼれたら()()むのだろうか?」とおっしゃった。
 
〔 親御さんへ 〕
雍の詩は現存する詩経の中に収められておりますから、興味のある方は周頌(しゅうしょう)をご覧になって下さい。
  
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