季子第十六 437

上へ


原文

孔子曰、君子有三戒。少之時、血気未定、戒之在色。及其壯也、血気方剛、
戒之在闘。及其老也、血気既衰、戒之在得。
 

〔 読み下し 〕

孔子(こうし)(のたま)わく、君子(くんし)(さん)(かい)()り。(わか)(とき)血気(けっき)(いま)(さだ)まらず、(これ)(いまし)むること(いろ)()()(さかん)んなるに(およ)んで血気方(けっきまさ)(ごう)なり、(これ)(いまし)むること(たたかい)()り。()()ゆるに(およ)んでは血気(けっき)(すで)(おとろ)う、(これ)(いまし)むること()るに()り。
 

〔 通釈 〕

孔子云う、「君達がこれからの人生で自戒しなければならんことが三つある。若い時は勇気もやる気も元気も根気も旺盛で、コントロールがきかず暴走しがちである。この時期は特に性欲に振り回されないようにしなさい。

壮年になると勇気もやる気も元気も根気も出世欲にフォーカスして闘争心が強くなる。だからこの時期は人と争うことを避けなさい。

年をとると勇気もやる気も元気も根気も衰えて来るが、その分それ迄に築いた地位・名誉・財産・権力に執着するようになる。地位も名誉も財産も権力も、どれ一つとしてあの世に持って帰れるものはない。だから年をとったら執着心を捨てなさい」と。
 

〔 解説 〕

二千五百年前も今も、人間はちっとも変っていませんね。今はあまり使われなくなりましたが、「死に欲」という言葉があります。死が近づいた為に益々欲深くなること、死ぬ迄強欲なことを云います。

これを「死に恥かきの業突(ごうつく)張り」、或は「生き恥晒しの業突く張り」と云って、世間はおろか身内にさえ疎まれたものですが、今はどうなっているでしょうか? 業突く張りはあまり見掛けなくなりましたが。

性欲や闘争欲は体力気力が衰えて来れば自然に薄らいで来るものですが、人間最後迄残る欲は何でしょうかねえ‥。地位欲?死ぬ迄肩書きにしがみついている人もいるから、これはある。名誉欲? 何が何でも勲章を欲しがっている人もいるから、これもある。財産欲?使い切れない程の財産がありながらもっともっとと金儲けに血眼になっている人もいるから、これもある。権力欲?支配欲?所有欲?‥‥、いっぱいあるねえ。いっぱいあるけど、どれ一つとしてあの世に持って帰れるものはありませんね。この世限りのものばかりだ。

怖いね!人生の総仕上げの時期にこういう落とし穴が待ち構えているなんて。持てば持つ程、もっともっとと大きくなって来る欲ばかりだもの。「年をとったら執着心を捨てよ」という孔子の言葉は身に沁みますね。「持ちて而も執着せざるは上、持たずして執着せざるは中、持たずして執着するは下、持ちて尚執着するは下下の下の下なり」といった所でしょうか。

地位も名誉も財産も権力も持てそうにないから、中で良しとしますかね。「地位も要らない!名誉も要らない!財産も要らない!権力も要らない!」などと声高に云うものじゃないんですよ、どれも無いよりは有った方が増しなものばかりなんだから。地位も名誉も財産も権力も、それ自体は元々価値中立的なものです。要は執着しなければいいだけなんですね。有れば有ったで良し!無ければ無いで又良し!って所かな。
  

〔 子供論語  意訳 〕

孔子(こうし)(さま)がおっしゃった、「君達(きみたち)がこれから成長(せいちょう)して()(うえ)人生(じんせい)(おお)きな()とし(あな)(みっ)つある。まだピンと()ないかも()れないが、よく(おぼ)えておきなさい。青春(せいしゅん)時代(じだい)はエネルギーを()てあまして後先(あとさき)(かんが)えず(なん)でもやり()ぎるから、(とく)青春(せいしゅん)時代(じだい)男女(だんじょ)関係(かんけい)()をつけなさい。就職(しゅうしょく)して社会人(しゃかいじん)になると立派(りっぱ)(かた)()きが()しくなって出世(しゅっせ)競争(きょうそう)(はじ)まる。競争(きょうそう)のない社会(しゃかい)はないが、(ひと)蹴落(けお)とすことはやめなさい!正々堂々(せいせいどうどう)フェアプレーで()きなさい。年輩(ねんぱい)になるとそれまでに(きず)いたものを(うしな)うことが(こわ)くなって(よく)()(かた)まる。(とし)をとって(よく)ポケしたらダメ!気前(きまえ)()(ひと)()(あた)えなさい。(ひと)(あた)えたものが自分(じぶん)(あた)えられるようになっているのだからね」と。
  

〔 親御さんへ 〕

こういう文章を子供に分かるように意訳するのは骨が折れますね。小6の孫がこの春から中学生になるのですが、非常に晩生(おくて)でありまして、男女関係の意味が分からないとみえて「何をやり過ぎるんだ?ジッタン!ねえ、何をやり過ぎるんだ?」としつこく聞いて来るものですから、答えに窮してしまいました。ズバリと云って却ってオカシナ興味を持たれても困りますし、「そのうち分かるようになる!」としか云いようがありませんね。

6の孫相手の「子供論語」は今回が最後、四月から小1になる孫が東京支部に参加しますから、今度はこの子を問答相手に「子供論語」を語って行くことになります。さすがにアンパンマンは飽きたようですが、まだ仮面ライダーがどうだのこうだのと云って喜んでおりますから、どうなることやら‥‥。

あれは私達が子供の頃に憧れた赤胴鈴之介か月光仮面みたいなもんでしょ?楽しみ半分不安半分と云った所かな。まあ、ワクワクしてやるしかないね、あと少しだから。
  

季子第十六 436 季子第十六 437 季子第十六 438
新論語トップへ