司馬牛問仁。子曰、仁者其言也�｣、曰、其言也�｣、斯謂之仁已乎。
子曰、爲之難。言之得無�｣乎。
 

司馬牛が仁とはどういうことかを問うた。孔子は「仁者とは、言葉を控え目にすることだ」と云った。あまりにも簡単な答えに納得しかねた司馬牛は、「言葉を控え目にするだけで、本当に仁者と云えるのでしょうか？」と重ねて問うた。孔子は「ああそうだ！何事も口で云うのは簡単だが、実行するのは難しい。だから、どうして言葉を控え目にせずにいられようか」と答えた。
 

司馬牛　姓は司馬　名は耕　字は子牛(しぎゅう)。述而第七172章で登場する、孔子を殺そうとした宋の軍務大臣司馬桓魋(かんたい)の弟に当るのがこの司馬牛。孔子の何才年下かは分かっておりませんが、子夏・子游・子張と同世代だったのではないかと思います。司馬牛は次の292章・293章にも登場しますが、孔子の受け答えや子夏の接し方からすると、気が弱くちょっと頼りない割には、口が軽く軽率な所のある人だったのではないかという気がします。

言葉を控え目に！というのは身につまされますね、云い過ぎて何度苦い思いをしたことか…。世の中のトラブルの大半が、云い過ぎに端を発しているのではないでしょうか？云い足りなくて喧嘩になるようなことは、滅多にありません。云いたりなくて「何で云わなかったんだ！？」と責められても、「うっかりしておりました」と云えば、「このバカ！」で大概済むけれど、云い過ぎて喧嘩になってしまえば、後で「済まなかった！」と謝っても、必ず心にしこりが残る。

屁理屈を涅ね回して自己正当化でもしようものなら、今度は、信用できぬ奴と、余計疎まれてしまう。口は禍の元とは良く云ったものです。本当に他人事ではなく、言葉は控え目にしなければなりませんな。

ところで面白いことに気が付いたのですが、釈迦を亡き者にしようと付け狙った提婆達多(だいばだつた)の弟に阿難(あなん)がおりまして、これが釈迦の高弟になっている。(提婆も阿難も釈迦の従兄弟)　孔子を殺そうとした桓魋の弟司馬牛が孔子の弟子になっている。阿難は後に釈迦十大弟子の一人に数えられ、司馬牛は孔門七十七大弟子の一人に数えられている。(十哲には入っていないが)

自分を殺そうとした人物の弟を弟子にとって、分け隔てなく教えた訳ですね、釈迦も孔子も。できますかねえ？こんなことが我々に。坊主憎けりゃ袈裟まで憎いで、一族郎党皆憎し！となってしまうんではないでしょうか？我々凡人は。すごいねえ、聖人は！！
 

「失言(しつげん)」とは不確かな発言、「暴言(ぼうげん)」とは乱暴な発言、「妄言(もうげん)とは口からデマカセな発言、「巧言(こうげん)」とは口先だけのうまい発言と、お子さんに説明してあげて下さい。
 
失言して赤っ恥をかいたことは誰でもあるのではないかと思いますが、次の話しは、私がある所から論語の講演を頼まれて行った時のエピソードです。
 
講演が終わり「何か質問はありますか？」と問いますと、かつて高校の教員をやっていたという65才前後と思われる方から、「あなたのやっている論語に学ぶ会では、原文でやっているのでしょうか？」と質問があり、「いいえ、仮名論語という読み下し文を使っていますが」と答えますと、「原文でなかったら本当の意味がわからないのではないですか？」とおっしゃるので、「どうしてですか？」とこちらから問うと、「漢字は表意文字で一語一語に意味があるから、原文でないと正確な意味が掴めないのでは！？」と云う。
 
「あなたは仏典や聖書を読んだことがありますか？」と問うと、「どちらも読んでいます」との答え。「何語で読んでいますか？」と重ねて問うと、「仏典は漢語、聖書は日本語」と云う。「よく理解出来ますか？」と聞くと、「はい、よくわかります」と云う。

「そうですか…、あなたのおっしゃることは自家撞着に陥っていませんか？」と云うと、「何でですか？」と来た。ここでもう勝負あった！ですね。勘のいい皆さんならばもう気が付かれたでしょう？釈迦はマガダ語で法を説きましたが、マガダ語には文字がなかった。そこで口伝がパーリ語→サンスクリット語→漢語と転訳されて日本に入って来た。

ですから、原文でなかったら本当の意味が分からないというのであれば、仏典はパーリ語かサンスクリット語で書かれたものを読まなければダメということになる。

聖書については、旧約はヘブル語で書かれ、新約は最初ギリシャ語→次にラテン語で書かれたものが、ルターの時に新約聖書がやっとドイツ語に翻訳されて、その後英語やフランス語に転訳される。となると、旧約はヘブル語、新約はギリシャ語かラテン語で書かれたものを読まなければダメということになる。

以上を説明してもまだピンと来ないようだったので、「ではこの原文を読んでみて下さい」と、「己所不欲、勿施於人」を黒板に書くと、待っていました！とばかりに大きな声で「己の欲せざる所は、人に施すこと勿れ」と来た。「アレー？それって日本語の訓読みじゃないの！？」と問うと、「エッ？」と云う。

「原文通りに読むのなら、返り点をつけず上からズラッと“己・ヂイ　所・スゥォ　不・プゥ　欲・ユゥ　勿・ウー　施・イ　於・ウ　人・レン”と読むのが正しいんじゃないですか？」と申しますと、しばらく沈黙が続いたあと、「こりゃいかん！まいったまいった！！」と云ったものですから、会場大爆笑となりました。

これ笑いごとじゃないんです。論語の愛読者に結構いるんですよ、漢語の原文でなきゃダメ！と云いながら、わざわざ返り点式の日本語に訓読みして悦に入っているのが。当会の資料には一応原文も載せておりますが、読めなくても一向に構いません。読み下し文から入ってもらえば充分です。通釈は念には念を入れ、意訳は極力大意を損なわないように気を配っている積りですから。

実は、原文よりも邦訳文の方が優れているものは沢山あります。そうですね…、例えば、サミュエル・ウルマン作の“Youth・青春”なんかは、岡田義夫の邦訳が立派だったから全国に広まったんでしょう？『青春とは人生の或る期間を云うのではなく、心の様相を云うのだ…』から始まるあの魂を揺さぶる名文。リーダースダイジェスト訳の物足りない邦訳だったら、あれ程広まらなかったでしょう。

明治初期に100万部も売れたと云われるサミュエル・スマイルズの“Self Help・自助論”邦名「西国立志編」だって、中村正直の名訳があったからこそ、明治の青年達を奮い起たせた訳でしょう。渡部昇一さんの訳された書籍も、原作よりも優れているものが沢山あるのではないでしょうか。